校長だより

                                                                                       

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2015皐月

皆さんは、日々過ごしている時に、『あ~時間の無駄だった』 と思う事がありますか。 どういう時に、そう思いますか。 眠っていた時間? ぼーっとしていた時間? 例えば、済ませなければならない、宿題、課題、仕事などがあるのが分かっていても、つい(マンガ)本を読んでしまったり、テレビやインターネットを見続けてしまったり。 確かに、そういう時間も、状況によっては『無駄』 と思う人もいるでしょう。  

私は、子供の頃から、何をするにも能率が悪く、『手が遅い』『のろまだ』 と両親にも先生にも言われ続けてきました。 5年生の時の担任には『のろまのノリコさん』とクラスで呼ばれていました。その頃の私は(本質がそうなのでしょうけれど)、ポワポワンとしていて、そう呼ばれても、「はい」と返事をしていました。尤も親もそう思っていたのでしょうから事実仕方なかったのですが。良く言えば何事も丁寧、しかし時間がかかり過ぎる、と成績表(昔の通知表)に書かれない年はないほど、宿題は夜遅くまでかかる、図画は(大すきな科目でしたが)授業時間内に終わらず、制作途中で構図や色は褒められても、でき上がらなければ成績は悪く、実に要領の悪い子どもでした。その時の経験からか、感性を問われる芸術的な科目は、教師の一存で成績をつけるべきではない、と、子供心に思ったものです。 

5年生の半ばには、余りにノロイノロイと、朝の支度に始まって、毎日のように言われ続け、どうしたらノロいのが治るかと、泣きながら日記に書いたのを覚えています。 まるでドラえもんの世界の話のようですが、こんな想像をしたことがあります。 眠らなくてもいい体があればなあ。 そうしたら、寝ている時間を使って、もっと色々なことができて、仕事も人より早く終わるのに。食べなくてもいい体があればなあ。 そうすれば食べるのがのろいと言われなくても済むのに。 今でも、何を食べるか考えている時間、料理をする、食べる、片づける時間、その時間が他のことに使えれば、もっとたくさんのことができそう、とたまに思います。 これでは人間でなく、ロボットのようですが、でもそうなったら、仕事が片付いて、時間のある分他の事ができて便利ですよねえ。 のろまのノリコの夢想です。 

社会に出た時に、のろまの性格の自衛の為、手はのろくても、足は速かったので、作業から作業に移る時、走るようにしました。今思うとおかしいのですが、会社の中でフロアを走っていました。 何かの締切がある時は、自分で1週間前に締切りを定め、1週間前には全てを終わらせ、余裕を持って提出できるようにしました。締め切りの時間その物に1週間も余裕のない時は、三日前、二日前でもいいから、当日に余裕ができるように、前々日までには徹夜をしても仕上げるように、自分に課しています。何といっても、準備が終わっていなければ、他に迷惑、の前に、自分自身が窮地に立たされますからね。 

とはいえ、眠ったり食べたりしている時間は、無駄ではありませんね。人間にとって体を作るだけでなく精神的にも、ゆっくり休んだり、美味しい物を楽しい会話と一緒に食べたりすることは、無駄ではなく必要な事です。例えぼーっとしていても、気分を休めたりするのに、これもまた、時には必要な時間であって、無駄だと言いきれないでしょう。 ではどういう事が無駄か。そしてそれを省くべきか。

私の思う三大無駄な時間とは、これまでの経験上、この三つではないかと思います。 「怒っている時間」「怒られている時間」「物を探している時間」 

よく、「怒る」と「叱る」は違う、と言いますが、まあ一般的に申しまして、自分にであれ他の人間や事象に対してであれ、腹立たしい気持ちを持つこととでも言いましょうか。これも、前向きに考えれば、今は腹が立っている、けれども、次に同じことで腹が立たないよう、考え、対処し、そのための経験と思えば、1度や2度は、無駄とも言えません。 考えるための機会を持てた、ととらえれば、それすらも有意義な時間になりえます。 しかし、腹の立つ時間はなければない方がいいに決まっています。 

子供に対して叱ったり怒ったりすると、後で気分が悪いのではありませんか。子供が嫌いではないのに、腹を立てたことが、一種の自己嫌悪にもなり兼ねません。しかし必要な叱責は必要です。子供の側からすれば、叱られる原因があるのですから、それは致し方ない。すべき事をする、してはいけない事をしない、というルールを破らなければ、叱られる時間はなく、気分良くその時間が有効に過ごせるというものです。 

叱られたり、怒られたり、注意されたりしたら、次は同じことで怒られないように。 何度も同じことで怒ったり怒られたりは、時間の無駄です。時間だけでなく、精神の無駄遣いにもなります。気持ちがささくれ立つようですからね。  

何といっても探し物をしている時間は、無駄でしょう。この探し物とは、もちろん探索や研究での探し物でなく、ここに置いたはずなのにーとか、あるはずの物がなくなったーとかいう、置場所をきちんと決めてない、あった所に戻さない、使いっ放し、出しっ放し、整理整頓ができてなかった事が原因の探し物です。 

身の回りの整理整頓は、つい物の多くなる生活で、中々難しいとは思いますが(整理整頓のお上手な方には失礼な話ですが、子供の自立のためにも) 使った物は元に戻す、物の仲間わけをして、使い易い位置にしまう、など、お子さんと一緒に工夫してみては如何でしょうか。自戒を大いに含めて、無駄な時間は省き、余裕ができた分、ゆったりした気分で過ごしたいものです。